三味線の音

急に頼まれて、婆ちゃんと孫のコンビで老健施設に行ってきた。
2人でコンビ組むのは、もう4回目だけど、今回は曲目を増やした。行く前に2人で合わせてみる。傍で聞いていた連れ合いが「おまえ、でたらめ歌ってるぞ」えーーっ、どこが?ちょっと唄ってみて、と言っても唄ってはくれない。ただ、指摘するのみ。いい加減な私は、2、3度唄ってみて、ま、いいか、ごまかそうーと。
それにしても、朝からなんか御機嫌の悪い13歳。
三味線の音が尖っている。いやあ、人の心のままに音が出るんだなあ。
きっと、本番ではちゃんと弾くだろう。と思ったけど、ジョンガラも間違ったし、つっかかった。でもまあ、お年寄りの皆さんが、一緒に大きな声で唄ってくれたし、生の三味線をとても喜んで下さった。
でも、ここでカツをいれなきゃと「少人数(30名ほど)だからって、舐めるんじゃないよ。音ははずすし、間違って違うバージョン入れたし、あんた、ひどかったよ」亡き師匠はよく言っていた。「どんな小さな舞台でも、全力を尽くさなければ聴いてくれる人に対して失礼だ」と。
彼女も反省したらしく、うなだれていた。
急なボランティアだったので、練習もろくに出来ないまま、は理由にならない。私も、引き受けた責任があるし、師匠の代わりに、カツを入れるのは、私の役目。
13歳にとって、師匠がいなくなったというのは、本当に切ないだろう。すぐそばで、日本一の三味線を聴いていた彼女にとっては、師匠より上手い三味線弾きはいないと信じている。師匠のcdや、テープを聴いて、なんとか、師匠にちかづきたいと、勉強の合間を縫って練習をしている。
彼女なりの努力は認めるけど、厳しいことを言ってくれる人がいないのは、彼女にとってマイナスだ。
三味線を置いた私は、聴く耳だけは、少しは残っている。
これから、もっと厳しく言うのが、彼女のためでもあると思ったボランティアだった。