松島へ

松島は何度も行っていますが、船に乗ったのは初めてでした。
松島の小さな島々があったお陰で町が守られたんですって。
その代り、小さな島々は津波で形が変わってしまいました。
その島の中に住んでいる人が沢山いて、津波によって亡くなった方々が多かったと聞いて、現地の人の生の声でその時の被害の状況を涙なくしては聞けませんでした。

3.11の支援「ようこそあったかい道」の何回目かのイベントの時、塩釜のカキ養殖の方々が、お礼にとキャラバン組んで炊き出しに来ていました。
カキの養殖が壊滅的被害を受けどうにもならない時、北海道の人が自分たちの為にしてくれる事へのお礼のキャラバン隊でした。
その塩釜のカキ養殖もほぼ元通りになったのを見て、涙が止まりませんでした。

今回は個人旅行ではないのでその方達にお会いできませんでしたが、5年目にしてやっとカキが養殖されたのを心からお祝いしました。
でもまだまだ、仮説住宅に住んでいる人が大勢いて、現実はとても厳しいという現場の声も聞かせていただきました。

今回の短い旅行の中で、一番印象に残ったのは、松島から塩釜迄の船での体験でした。

そして、仙台空港の柱に表示してある3メートルの津波がきた表示が印象的でした。
札幌から乗った汽車で護送される手錠をかけられ数珠繋ぎの5人の囚人たちと同じ車両に乗り合わせたこと、1015段の立石寺に登った事、花笠音頭に出てくる若松寺に行ったこと、梅が満開だったこと、新幹線が真新しい匂いだったこと、他にもいっぱい印象に残ったことがあった短くも濃い旅でした。