イヨマンテの夜

伊藤久雄という歌手の歌です。だっけ?
老人施設での歌のボランティアでのこと、左手が少し麻痺しているおじさまが、何とエレクトーン伴走を背に、朗々と歌い上げました。
あの歌は、なかなか難しいし、声量がないと歌えない歌なのです。
素晴らしいー、ブラボー!「昔歌手だった?」「いや、板前だった」「あら、歌前じゃなく?」
今年最初の「歌の会」は選曲が良かったのか、皆さんもノリノリ、我々もノリノリでなんだか楽しくて幸せな時間でした。
終わってから「いやー、今日は楽しかった」と、その一言に更に嬉しさ倍増です。
私の手の怪我も心配いただいて、皆さんの温かさに感謝、これだから止められないのです。
今年もいっぱい歌ってたのしむぞーー!

ずーっと家に引きこもっていたら、お見舞いの方や、避難者のお話しを聞きたいと訪ねてきた方や、ランチしましょうと車で迎えに来てくれたり、あちこちから電話がかかってきたり、にわかに賑やかしくなってきました。
その中で、那須に住んでいる幼馴染のワタコからの電話は、ちょっと強烈でした。
化学物質過敏症の彼女は、ありとあらゆる物が、彼女の体を痛めつけるので、山の家でひっそり一人で暮らしている人です。いくら、彼女が現代の毒にまみれた我々鈍い人をおかしいといっても、鈍い私としては、彼女ほどの危機感を持たずに今まで暮らしてきたので、「うん、うん」とただただ彼女の話を聞くのみ。勿論、反論もあるわけはなく、電話の向こうの辛そうに、息もたえだえの彼女に、電話線を通して愛を送るばかりの私。
電話線に手をやってみるけど、それが伝わるかどうかもわからず、だんだんこちらも辛くなる。
どうしてあげることもできない。彼女もまた、一人で戦っているので、私にどうこうしてほしい訳でもない。
電話も体調の良いときでないと出来ないとかで、こちらからコンタクトはとれない。にもかかわらず、フラノ布を送って欲しいと。
たまたま、フラの布を扱っているmさんが、家にきたので聞いたら、在庫があると。早速フアックスしたけど、あんの条繋がらない。
でもなあ、私には想像もできない苦しみと共存しているワタコ、せめて彼女の体に合う布、送ってあげよう。

福井在住の友達から、島根と広島にいる友達の近況を伝えてきた。
あらまあ、人生色々だわねえと其々抱える悩みを思った。
でもねえ、みんな元気でいるから、それだけでも、いいじゃん。
人生に悩みも苦しみもつきものさ。だからこそ、今を楽しんで、笑ってすごそうよ!
人生は楽しむ為にある、と65年生きてきて思うのさ。
連れ合いは「おまえは能天気でいいなあ。へらへら笑ってやりたいことだけやって」と多分、皮肉だろうけど「はい、お陰様で」とへらへら笑う私。感性で生きているので、あまり難しい事考えられないの。
難しいこと考えてくれる人が隣りにいるからこそ、と思うのであります。
ありがたや、ありがたや。