福島から

いわきのsさん一家は、去年の震災以来の親戚付き合いしている家族だ。
仕事のあるパパだけを残してママの両親、パパのお母さん、ママと娘2人計6人で札幌にいち早く避難してきたのは、娘達を放射能から守る為だった。
次男が被災者支援を始めるきっかけにもなったsさん一家は、ストーブも家具もない雇用促進住宅の一室で寒さに震え、いわば放心状態でいたそうだ。
そこにたまたま息子が行って、すぐさま家具を持って行ったり、寝具を提供したりしてどうにか生活出来る状態になったようだ。17歳の娘の高校も決まらず、爺ちゃんに泣きつかれて、息子があちこちかけずり回ってやっと、受け入れの高校が決まった。あの時、市議も市長も道議も知事も、選挙のことでいっぱいで、誰一人として協力してくれなかったらしい。
力になってあげてと息子に頼まれ、連れ合いと2人sさんのアパートに連れて行かれた。
そこから始まった親戚のようなお付き合いをして、1年たった。
地震で傾いた家を壊す為の手続きに爺ちゃん婆ちゃん2人がいわきに帰ったのは、去年の秋。
札幌の生活が気に入って、楽しんでいた婆ちゃん、だが爺ちゃんはすることもなく退屈でいわきが恋しくて、結局家を壊すという名目で帰ってしまった。
もう一軒家があるので、そこで生活しながら、爺ちゃんは壊した家の廃材で物置を作ったり、花や植木の手入れをしながら、水を得た魚のように生き生きとしだしたそうだ。
しかし、婆ちゃんは札幌に戻りたくて、そのことで、いつも爺ちゃんと意見が合わず、喧嘩になったそうだ。
「そんなに行きたかったら、行け、行け、お前なんていなくても俺は生活出来る」と啖呵をきった爺ちゃんも、内緒で娘に電話してきて、母さんホントに行ったらどうしよう、と言ったそうだ。
爺ちゃん達と入れ違いみたいに、パパが鬱状態になって札幌に来た。あれから半年たつけど、パパの病状はますます酷くなり、家族が決断しなければならない家や仕事の事等に、ストッパーをかけている。
今、家を売る、会社を辞める、等の決断や動くことは、パパの病状を悪化させるからと、医者に止められているので、動けないでいたのだ。
しかし、いつまでも、地震で傷んだ家をそのままにしておけない、せめて中の荷物を売るなり捨てるなりしなくては、と、今日入院しているパパだけ残して4人でいわきに帰った。
10日間で、片づけや、手続きやすることがいっぱい。さっき、ママから電話がきて、息子が5日いわきに行くので、一緒にご飯を食べる約束をしたそうだ。
なんでも福島のラジオに息子が番組を持ったとかで、これからは、ラジオで声が聞けるとばあちゃんが喜んでいた。
息子にとっても、sさん一家はこの支援のきっかけになった大切な一家なので、まさか、いわきで再会できるなんてと喜んでいるだろう。
婆ちゃんが「あったかくなったら、札幌に行くからお父さんに、喜茂別に連れて行って欲しいと
頼んでね。どうしてこんなに札幌が恋しいか考えたら、お母さんに会いたいんだわ。いつもいつも、やさしくしてもらって、お母さんがいるから、娘の家族を安心していられるんだわ。お母さん、私やっと泣けるようになったんだよ。今まで、泣けなかった。一年たって、涙が出て、やっと少し自分を癒せるようになったと思うよ。涙の力はすごいね」その言葉は地獄を見た人でないと出ない言葉だなあと、その言葉の重さにしばし、絶句した。
でも婆ちゃん、よかったねえ、泣けるようになって。いっぱい泣いて、また、笑顔で会おうね。
私もsさん一家がいつの間にか、大切な人達になっている。一人で頑張っているママが気になってしょうがない。何も出来ず、ただママの話をきいて、美味しいものを食べてもらうしかできないけど、これからもsさん一家に寄り添っていこうと思っている。
札幌といわきと縁がついたのも、きっと偶然ではない。
息子が支援を始めたのは、困っている人を見過ごせなかったから、ただそのことだけなのに、いい年をした髭をはやした人達が、その心を踏みにじろうとしているらしく、なんて浅はかなヤマシイ心の人達と思うけど、その彼らもまた心を病んでいるのかもしれない。
母親の私に出来ることは、浅ましい彼らの事を祈ることだけ。
支援をする人、支援を受ける人、その係わりの中で、穿った心を持つと間違った方向に走ってしまう。両者はお互いに、感謝の心を忘れてはいけないのではないか、と思う。
してもらってばかりいると、人間は悲しいかなそれに慣れてしまい、感謝を忘れる、とある被災者が言っていた。
中には、してくれて当然と思っている人が沢山いて、悲しくなりますとその人は言っていた。
だから息子の善意を、いつの間にか勝手にすり替えるのだわね。
地震津波、そして原発、今回のこの一連の出来事は、どれだけ沢山の悲劇を生んでいることだろう。
だけど、私達は前を向いて生きていかなければならない。
そんな、はんかくさいことにエネルギーを費やさないで、しっかりと前に向かって歩いていこうよ。手をつないでくれる仲間が沢山いるんだから。
85歳の爺ちゃんも婆ちゃんも、泣きながら前を向いているよ。