旅パート3

まりちゃんと話していて、次から次へと色んな事が思い出される。
お金がなくなって近くのパン屋から、一袋5円のパンの耳を買ってきて飢えをしのいだこと、間借りしていた一階の新婚の典子さんがスケスケのネグリジェを着ていたこと、あの当時では真新しかった水洗の洋式便器に間違って前を向いて座った事、まりちゃんが何となく色気があって変な男に付きまとわれた事、学校に通う途中、緒方拳と出会ってお宅までお邪魔した事、島根、福井、広島、北海道の4人で伊豆のユースホステルに泊まったこと、典子さんの夫がジローさんだったので、歌好きのまりちゃんと私はよく階段に座って「ごめんねじろー」という歌をはもって唄っていた事、なんかいっぱいいろんなことを思い出してしまったなあ。
前日、白兎海岸道の駅で車中泊をしたので、まりちゃんちの別宅で、布団でぐっすり眠れたけど、5時に起き出した連れ合いは「おい、起きろ。年より居るから本宅も早いぞ」それはないでしょうが、いくらなんでも5時に起こさなくても。
結局、7時に本宅に行ったら、ご主人はまだお休みらしく、ご飯もまだだから散歩してきたらとまりちゃんが言う。
近所の亀たけ神社には、松本せいちょうの「砂の器」の碑が建っていて、神社の入り口には、樹齢400年くらいのご神木が聳えている。静で凛とした歴史あるその神社に御参りする。近くの婆ちゃんが、玉葱を紐で結んで竿にぶら下げている。「今年は雨が多くて玉葱もあまりとれなんだ」とお婆さんはいい、まりちゃんの友達で北海道から会いにきたと言うとびっくりしていた。北海道から車でこんな山奥まで来る人はあまり居ないかもしれないから、きっとめずらしかったのでしょう、何度も「ほう、北海道?まあまあ、よくおいでなさった」と言ってくれた。結局、9時近くに本宅に戻り、まりちゃんの心のこもった朝ごはんをご馳走になりおいとまする。抱き合った我々は、お互いの背中のお肉に触りながら「なかなか・・・」ま、どっちもどっちかな。
名残惜しく、お母さんともまた何時お会いできるかも分からないので、お互いに涙を流してのお別れだった。訪ねて行って本当によかった。沢山、ご迷惑おかけし、お心遣いおかけしたけど、会えて本当に嬉しかった。
島根に大雨が降って土砂崩れなどのニュースに連れ合いは何度も「大丈夫かなああの家の裏は山だったぞ」と心配している。
ありがたい事に、旅の途中車に乗っている時だけ雨にあたったけど、降りると腫れるの繰り返しで、何かに守られているようなラッキーな旅だった。