代替医療&ホリスティック

二十年程前、帯津先生や数人のホリスティック医療を勉強しているお医者さんの講演を聴いた事がある。
西洋医学の中で彼らのやっている事は、まだまだ異端児扱いだったあの頃からみれば、今はホリスティックは決して特異な存在ではなく、その研究をして実践している医者がかなり増えてきている。
アメリカでは代替医療だけの医者が確立されているそうだし、イギリスやドイツなどもかなり多くのその手の医者がいるらしい。
去年我が家を訪ねて下さった大学病院のt医師は、西洋医学だけではもう患者は救えないと、勉強を重ねついに、大学病院を辞めてとある内地の田舎に移った。
しかし、現実は厳しくここ北海道より閉鎖的な中でかなり苦戦の模様だ。
焦らず、ジンタカやりますと手紙に書いてあった。
札幌にも数箇所ホリスティックの病院が出来たのを知ってはいたけど、直接的にはなかなかご縁がなかった。
先週のこと、友人が家に来て「明日g先生の講演会があるよ」と教えてくれた。
g先生は西洋医学の先生でありながら、ホリスティック、代替医療などに精通しているお医者さんだとかねがねきいていたので、西岡図書館での講演会にyっちと二人で行った。小さな会だったけど、驚いたことに、2人も知り合いに会った。一人は15,6年ぶりに会った昔のヨガ仲間、もう一人は長沼のsさんで去年我が家に味噌作りにきた若いお母さん。驚いたことに、その2人がなにかで繋がっていた。
何繋がり?ときいたら、えーっと、何だろう?と考えていた。
多分、色々繋がっているのだろう。
sさんとは、私も味噌だけではなくあちこちで繋がっているので、彼女達が何だっけ?と思うのも何となくわかる。
さてさて、g先生のお話は、なかなかよかった。私が日頃考えたり実行している事そのままだったし、何より精神性を重視したそのお話の面白さにぐっときた。
「素直な心で いつも笑顔で 有難う お蔭様で 全てが私の力になる 全てはありのままにある うまくいかなくたって 失敗ばかりしたって いいしょや 精一杯生きて 自分愛せたら それでいいしょや」と先生の言葉の処方箋。私にとっての医療とは〜カラダとココロの苦痛や不安を小さくして、心地よさや安心を大きくし、今生きている喜びを強く感じてもらうこと〜だそう。
ああ、こんなお医者さんが身近にいてくれたのだと嬉しくなった。

先日、連れ合いと近郊の温泉ホテルに泊まりに行った。以前温泉の心地よさと、自然の景色の素晴らしさにいつか泊まってみようと言っていたそこが、低価格で泊まれると知っていってみた。
温泉は源泉かけ流し、12階のレストランでの見晴らしの良い事、樽前山、風不死岳、恵庭岳、札幌岳、空沼岳等‥の山並みが素晴しかった。そして、とんびが数十羽、我々と同じ目線の高さで飛び交うさまは圧巻だった。
連れ合いと2人で飽きることなくながめて居たけど、他の人々は関心がないのかあまり見ていない様子だった。
帰り道、遠回りして苫小牧まで足を伸ばした。
いつもは混んで入れない港のそばの食堂に並んで入ってみた。
向かいに座っている作業服を着た17,8歳の少年の食べているホッキカレーに思わず「うわー」と声が出た。その皿は実に直径40センチ以上、のってるご飯は5合もありそうで、その上にてんこ盛りのカレーがのっている。
恥ずかしそうにもくもくと食べている彼にあまりジロジロみてもなあと控えめに見ていた。
3分の一位食べた時、彼はため息をつきながら、ズボンのベルトを緩めたではないか。
思わず「頑張れ」と声が出た。恥ずかしそうにニタっと笑った顔は心なしか苦しそう。
半分までいったとき、彼はスプーンを置いた。もうダメと。
「これって大盛りですよね」と店のお姉さんに聞いている。「そう、大盛り。特大ではないよ」何ともっと量の多い特大があるんだ!
いやいや、誰がたべるんだか、ギャル曽根だかっていうおおまくらいでもあるまいし、きっと何人かで分けてたべるんだろうなあ。あの兄ちゃん、初めてであんなに贅沢な大盛りってきっと知らなかったんだろうなあ。
それにしても、この店の繁盛振りって凄かった。
こんな日に限って、夜仲間のsさんにご飯に誘われていた。
朝はバイキング、昼はホッキご飯、さすがの私も食欲が失せて、せっかくの奢りのご飯もあまり食べられない。連れて行かれたそこは「なかなか」というお店でなかなかのものが出たのに残念!
50代、60代、80代の3人の会食は、時々かみ合わなかったりしながらも、なかなか楽しい時間だった。
また行きたい「なかなか」だった。