チェンマイからの電話

懐かしいヌーンとnちゃんの声。二人とも夫々に家庭を持ち、nちゃんは妊娠中で、ヌーンは男の子の父親になったという。殆ど、日本語を忘れたヌーン。英語は流暢に話せていたのに、使わなくなったら忘れて話せなくなったという。タイ語と英語と日本語のまぜこぜの会話で要領は得なかったけど、でもお互いに元気な声を聞けて大満足だった。「遊びにきて」「・・・」「いつくる?」「いつ?ってうーん」「はやくきて」隣でnちゃんが日本語指導しての会話。nちゃんとの会話で、やはり私の知人のIちゃんの働いているレストランによく行くので、Iちゃんのことも知っているという。やっぱり! 私の予感は的中した! チェンマイで糸が繋がった! 
長い間音信不通だったnちゃんとヌーンにIちゃんが繋がって、又、私にとってチェンマイが身近になった。
そんな話をyっちにしていたら、yっちもまた、ちょうど電話しようとした相手から電話がきてビックリし、しばらく会っていないから会いたいなあと思っている人から連絡がきてこれもビックリだって。
この手の話は、夫や息子には通じないから、2人でこの感激を分かち合った!
こんな話が通じる人がそばにいてくれて、嬉しいなあ。息子は「単なる偶然」と、夫は、だから何?という反応の日常だから、yッチと私は時々、2人で盛り上がる。これにmちゃんが加われば「それってすごいです」になってそうだよね、すごいよね、ってことになる。

ある方からの電話で、いきなり0日か0日空いてませんか?という。空いてるよというと用件を切り出した。
「行けたらということでいい?約束はできないよ」とやんわりと断った。・・・会というところのビデオ上映だと。名前は知っているけど、今の所全く心が動かないのでご縁がないかも。
そうか、鬱に悩んでいたから、そこで救われたのかあ。
こんな類のお誘いは結構あって、以前は何にでも興味深々だったので、覗いてみたりしたこともあったけど、この頃は、自分なりに揺るがないものが出来つつあるので、なんでもかんでも覗いたりしない、というより、自分の勉強に時間をかけたいので、ちょっと遠慮しようかなという心境。
昔友人だった人も「あなたは、そこでとどまっていてはいけません!」とかなり強引に説得されるけど、ちょっと勘弁して欲しいなあと。以前はえーっ、そうなのか?とかのじょの言葉にグラットきかかったこともあったけど、今はちょっと揺るがないかな。
一生懸命私を救おうとしてくれているらしいけど、私とて62年間何もなく生きてきたわけでもなく紆余曲折あり、そこで学んだこともあり、彼女達とは違う学びもしてきての今がある。
「この道しかありません」などと私の何を知って言っているのかしらと話を聞きながら、しらけてしまう事も度々。色んな道があり、てっぺんを目指すのに歩いても、汽車に乗っても飛行機で飛んでも船でいってもいいのではないかと思っている私に、いいえ、絶対この方法しかありませんと言う。
私は今、こんな事を学びこんな風に考えて生きていますと言おうものなら、また、だだーっとくるので、一切反論せず聞いているけど、とっても後味が悪い。私も含めて、自分がいいと思ったら、人にもそう思って欲しい、勧めたいと思うのが生身の人間だから、思って下さる気持ちだけは有りがたくいただいておきましょう。

うちの父ちゃんたら、久しぶりに街に出たのに、OB会で。なんと、9時前に帰ってきたさ。
いやあ、地下鉄がいくら早いとはいえ、9時前帰宅とはと、ビックリしている私にキツーイ一言「お前とは違うんだ」だって。ウギョ〜!いやいや、それを言っちゃあおしまいよ、何十年もの長い間、午前様が当たり前のお方の言う事かいな?やっと自由の身になって、たまあに、ほんにたまあにシンデレラになる私にあてつけてんのは分かりますがね、私だってたまにはシンデレラになるわさ。と思ったけど、口には出さず、なんぼ母ちゃんがいいんだか、と思う事にする。本人は若い頃遊びすぎて、もう飽きたし、何より今はもう疲れるらしい。ま、年ってことでんな。自分の所定の場所にどっかり座って、飲み直している父ちゃんも、そうだよね,古希に手の届く年になったんだと改めて、我が夫婦の長い歴史を思った。