久々の小樽

父が亡くなったのは平成5年12月31日の昼だった。あれから16年の時がたち、早めの17回忌で、今は妹一家が暮らす小樽の実家に行った。そこは天狗山の裾野なので、坂道を上がる程に雪が増えて、ああそうか、冬なんだと思い出させるように、道路の端に雪が溜まっている。
お坊さんがお経をあげているとき、ドドーっと音がした。何だ?屋根から聞こえたぞ!雪だ!
屋根から雪が落ちた音だった。俄かには信じられない。街には雪の気配もないのに、ここはまるで別世界のようだ。
実家の茶の間からは天狗山が見える。スキーを滑っている人の姿も見える。子供の頃、ジャンプ台から滑って飛ぶ姿が見えて、ラジオの実況放送を聴きながら、本物のジャンプを見ていた。
それほど実家と天狗山は近い所にある。小学校も中学校もスキー授業は天狗山や松ヶ枝の山だった。終わるとスキーに乗って家まで帰ってきたっけ。
小学校の3,4年生の頃、大雪が降って、一晩で玄関が埋まって戸が開かなくなり、向かいのおばさんが雪をかいてくれて、やっと学校に行けた事があった。日曜日は家中総出で屋根の雪下ろしと、窓の雪どけした。子供も結構な戦力になって、何時間も雪かきしたっけ。全身雪だらけになりながら。
あの当時、たいした防寒着もなく、毛糸の手袋に毛糸の靴下で、何度も取り替えながら、手足を真っ赤にして、ストーブにあたると、ジンジンしたあの感触を今も覚えている。
高校生の時、友達の家に行く途中、スカートなのに、腰まで雪に埋もれながら、やっと家にたどり着いた。びちゃびちゃになって、そのあとどうしたか全く覚えていないけど、雪をこいでいた自分の姿は鮮明に覚えている。とにかく、雪の多い小樽のなかでも、段違いに雪の多い最上町に久々に行って、昔の色んな事を思い出した。
今でも雪の多さは変わらず、妹はこれからの本格的な積雪に深くため息をつくのだ。
でもでも、天狗山の姿は相も変わらず堂々と聳え、小樽の海も一望できるあの景色は、私の大事な原風景だ。景色の見えない所にいる今、時々、無性に小樽のあの天狗山が思い出される。