自由時間

日頃自由ではないかと言えばそうでもないし、かといって全くの自由でもなく、ま、これでいいのだと思って生活している。が、しかし、連れ合いが泊まりで出かけると分かった時、この自由な時間をどうやって過ごそうかと色々考えた。
一人で大好きな小樽に行く、岩見沢のバラを見に行く、温泉に一日つかる、映画のハシゴをする、等々楽しみは膨れ上がる。考えを張り巡らせている時の幸せ感ったら、もう最高楽しかった。そして、迎えた私の自由時間。
結局、私は友のために台所に立ってお昼ご飯を作り、4人で楽しい会話をし、そのうちの一人は、6時間も我が家に滞在、多分、泊まっていく?と誘ったらとまるかもと言うくらい、根っこが生えていた。前日、さよならパーティで18人集まり、朝から色々準備をし、結局私一人で18人分のご飯を作った。作りすぎてちょっと余ったご馳走をどうしようかなあと思っていたら、ちゃんと喜んで食べてくれる人がいて、うーん、ちょうどよいことに成っているんだなあ。
残り物なのに友達がおいしい、おいしいと喜んで食べてくれて、どこかにはいけなかったけれど、これで良かっのだなあと思った。
18人分と言うとみんなに吃驚されるけど、私にとって左程大変でもないのは、慣れているからかもしれない。今までの一つ一つの経験がなんと有り難かったかとつくづく思う。
息子が言った。「母さん、有難う。中国の人たちが喜んでくれたのも、母さんのおかげだよ」と。yっちが言った。「お母さん、有難う。お母さんは凄い!この明るさがあるから、みんなが楽しくなれるんだね。家族みんな暗いからさ、お母さんの明るさは我が家には絶対必要」だと。いやいや、お褒めにあづかり、恐縮しごく。連れ合いといい、息子夫婦といい、最近、この出来損ない母ちゃんを随分と褒めるでないの?ま、素直にお褒めに預かりましょうか。
ま、そんなこんなで自由な時間はあっという間に過ぎ、留萌迄行った連れ合いは、なんと昼前には帰ってきた。途中、喫茶店でお茶するとかしないわけ?
初老の紳士4人は、みんな一刻も早く家に帰って母ちゃんに会いたかった?とでも?
あーーあ。オヤジ連中のなんと真面目なこと!

連れ合いがカレイやホッケ、生しいたけを買ってきたので、二人で七輪だしてひっそり食べようとしたが、その計画は甘かった!
「あっ、じいちゃん何してるの?」と一人に見つかり、「アー、いいなあ、食べたいなあ」そして、yっちは、窓から顔を出し「ご飯もってそっちに行くわ」いえいえ、誘ってないですから。
結局、隣組5人ともう一人の嫁さんと孫も増えて9人に。
我が家で内緒ごとは出来ないということですか?
ま、二人もいいけど、9人もまたよしと言うところでしょうか。

一昨日、18人のパーティで孫達の出し物で、大笑い。
昨日友達4人で漫才の掛け合いみたいで、涙が出るほどの大笑い。
今日、歌のボランティア仲間と打ち合わせで、大笑い。
この頃、私笑ってばかりで、しわが増える筈だわ。
11歳の孫が言った。「なんで、tに怒られてるのに、ケタケタ笑ってるの?不思議だよねえ」
パソコンの操作がわからず、何度聞いても分からない私に腹を立てて、息子が「分からなかったら、メモしたりしなさい。何度も教えてるんだから、いい加減に覚えろ!」と偉そうに言うものだから、ついおかしくなってケタケタ笑ってしまった。「だって、忘れちまったもんはしょうがないじゃん。もっと優しく教えてくれないかねえ」半ば、自分の脳タリンにもおかしくなっているので、かたや怒り、かたや怒られているのに、笑っている様が、孫には不思議だったとみえて「ほんとに、明るいひとだねえ。怒られても笑ってるんだから」だって。
箸が転がってもおかしい18歳ならともかく、60も過ぎたおばさんが毎日毎日大笑いして、なんだかねえ。でも、笑えるって幸せ!
長い人生笑えない時もいっぱいあるのだから。笑えない辛さもいっぱいあったから、今、腹のそこから笑える私がとっても愛しい。