筋萎縮性塞錯硬化症

かおりちゃんという19歳の女の子に出会ったのは、もう10年くらい前のこと。
彼女は幼い時から発症し、少しずつ進行して、ついには動かせるのは目だけになってしまい、自宅でお母さんの介護を受けながら暮らしていました。ある施設のボランティアをしていた私に回ってきた仕事が、彼女の入浴介助でした。移動式のお風呂を自宅にセットしてかおりちゃんをお風呂に入れるお手伝いでした。あらかじめ彼女の状態についての予備知識は与えられていましたが、実際にかおりちゃんに会った時の衝撃は大きく、涙をこらえるのにあんなに苦労した事はありません。
病気の進行が著しく、喉に穴を開けて人工呼吸器を取り付け、体は九の字に曲がったまま硬直し、手も足も骨ばかりで、顔は薬の副作用でムーンフェイスとなり、そのうら若いお嬢さんのその姿はあまりにも強烈でした。
彼女のお母さんは、もういくばくもない命のともし火を彼女の全力を挙げて守っていました。その姿に私は、ここまで愛情というか、自分の全てを我が子に注げる深い愛に感動しました。お風呂に入れるとき、彼女の曲がった足と足の間にビニールを挟み痛くないように、細心の注意をしながら入れます。まるで大切な宝物を扱うように。
私の相棒は、私より前にかおりちゃんのお手伝いをしていたので、手馴れていて、しかもかおりちゃんの大事なところを洗わせてもらう時の相棒に私はいたく感動したものです。
優しく、楽しく会話をしながらさりげなくしかし、繊細に真剣に・・などということは誰にでもできることではありません。かおりちゃんも全幅の信頼を相棒に寄せていて、2人の様子は今でもはっきりと覚えています。
ある日、訪問した時、医師からもう長くはないと言われたとかで、病状も最悪の状態でした。お風呂は無理と誰もが思いましたが、かおりちゃんがどうしてもお風呂に入りたいと意思表示し、お母さんもお願いしますと懇願したので、我々も覚悟しながら本当に心を込めてお手伝いさせていただきました。
結局、それがかおりちゃんの最後のお風呂でしたが、かおりちゃんが「ありがとう」と唇を動かし、幸せそうな表情を見せてくれました。
あの光景は今思い出しても、涙が出ます。
お葬式の日、スクリーンに映し出されたかおりちゃんの姿に出席者全員が泣きました。
だいの男があんなに号泣した姿を始めてみました。かおりちゃんは、かおりちゃんという存在自体が、我々に大きな愛を与えてくれていたのだなあとつくづく感じました。
かおりちゃんと出会ったこと、お母さんと出合ったことは、私にとってとても大切な意味のある出会いでした。
わたしの相棒は、あのあとすぐにヘルパーとして働き始め、今はベテランヘルパーとして活躍しています。私もかおりちゃんに出合った事で、どれだけ