お祭り

週末は神社のお祭りでした。夕べの夜は、わが師匠の出演で、義姉妹と3人で観客の一人として聴いてきました。
本州で有名実力派歌手と共演し、千歳から真っ直ぐ神社入りした先生は、多分相当疲れているはずなのに、いったん三味線を持つとまたエネルギーが湧いてくるかのような素晴らしい演奏でした。周りの観客が心酔しきっている様子もみてとれ、今更ながら素晴らしい師匠に恵まれたなあと感じる夜でした。
10月に教室のxx周年の記念の発表会があり、練習嫌いな私も流石に少しは練習していますが、やればやるほど自分の下手さにショックを受けながら、でも練習しかないんだよなあと自分を鼓舞する日々です。
思えば10年前、ひょんなことから三味線をならう事になった時、嬉しくて小躍りするほどでした。
高橋竹山の演奏を生で聞いたとき、こういう三味線を弾きたいと思い、じっと胸にしまいこんでいたのです。義妹がすでに三味線を習っていて何度も一緒にやろうと誘われていたものの、普通の先生には付きたくないと何故か思ってじっと待っていたとき、先生に引き合わされました。
全く触ったこともない三味線の難しかったこと、民謡を2曲マスターした2ヶ月くらいたったところで、いきなりじょんがらの譜面を渡されました。
いやいや、これは一体なんじゃらほいというような、難解な譜面で、「先生、私には無理です」と困惑して言ったら「いやあ、俺100人くらいの人にじょんがら教えてきたけど、出来なかった人はひとりもいなかった。だから、大丈夫だ。俺が弾けるようにしてやっから」そうか、先生についていけばまんざらアホでもないんだから弾けるようななるかもしれない!と思ったのです。
そして数ヶ月、いつの間にか譜面なしで手が動いていたときの感動は、今も忘れてはいません。ああ、人はやればできるものなのだなあと50歳にして学びました。
学ぶのに年は関係ないと言うことも。
あれから10年の間に、孫が6人生まれ、娘が喘息で何度も危ない状態になり、息子の商売を手伝い、母を自宅で看護し看取り、孫の大怪我、次男の離婚、孫との別れなどすさまじい10年のなかで、よくやめないで続けてこられたなあとつくづくと思います。
私のことを分かってくれている三味線の仲間が、「こんな大変なことが続いたのに、よく頑張ってやってきたねえ。偉かったね。すごいよ」と言ってくれました。
何度も悩み苦しみ泣いた10年でしたが、今振り返るとその中で幸せが満ち溢れていたし、負け惜しみではなく、私ってなんて幸せなんだろうと思います。
休み休みではあるけれど、三味線を投げないでよかったなあと、昨夜の師匠の三味線を聴きながら思った事でした。