稽古とは

「稽古とは一より習い十を知り、十よりかえるもとのその一」千利休の言葉を思い出した。
なんと奥深い言葉だろう。
若かりし頃ちょっとした人にプレゼントされた茶杓に書いてあるこの言葉が思い出とともに私の中にインプットされている。
昨夜三味線のお稽古で何故かこの言葉を思い出していた。
私の三味線は、年数の割にちっとも進歩がないけど、しかも十までは程遠いけど、この一週間懸命にお稽古したのに、皆の中で後れをとっている自分を冷静にみていて、何故か利休の言葉が浮かんだ。ああ、いつになったら、十を知る人になれることやら。
一緒に習っている52才違いの孫娘が、「頑張れ」というように時々私を見る。お互いに目で励ましあいながら同じ時間を共有するのは、婆ちゃんとしてはこの上もない幸せと思いつつ、まだこの子に負けられないと懸命に食いついていく。
師匠は先週ゆっくりやればあとは慣れるからと言ったのに、早いのなんの、折角覚えた手が全くついていけない。
ま、練習が足りないということだと思い、さっき孫と一緒に練習したら、孫はもう習ったところは全部暗譜できていた。
いやあ、鈍いなんてもんじゃない自分に唖然としたけど、何度も練習してやっと少しずつ頭にはいってきた。ついこの前まで、私が教える立場にいたのに、今は孫に「あ、そこ違うよ」などと指摘され「弾けるようになってきたね」などと優しく慰められ2人で1時間以上も練習した。
やってやれないことはないと信じ、またお稽古に励もう。

明日は「みちのく会」の人達のお店オープン、私に出来ることはおいしいご飯を作ること位なので、お赤飯とおでんを差し入れしようかと思い、夕方から大量のおでん作りを始めた。
今日は朝2時間かけて蓬ほうのおかずを作り、夕方また2じかんかけてご飯作り。
大量の具材と洗いものに格闘した一日だった。
みちのく会の人達の新しい出発の記念すべき明日、全国でおそらく初めての取り組みなので大勢の取材陣が押し寄せるよと今日お店に来てくださった方に聞いた。
みちのくの人達のエネルギーがわき出てくる場になりますように。
楽しく語らい、働ける場になりますように。

親戚付き合いをしている福島からのsさん一家、お爺ちゃんが夜になると「帰りたい。家がどうなっているかみたいから、帰って様子をみたい」とお婆ちゃんに言うのだそう。
お婆ちゃんは「帰ったってどうにもなんねえよ」といいつつお爺ちゃんの気持ちもわかるので揺れ動いているという。
そう聞いて以来益々気になって、お天気が良い日はどこかにお連れしたら喜ぶのになあと思ってしまう。
さっき連れ合いが『お!滝野公園のチュウリップまだ咲いているぞ。sさん連れて見てくるか。でも歩けるかなあ」とテレビを見ながら言った。
きっと明日あたりお年寄り軍団とお出かけかも。私は行けないけど、お年寄り軍団の喜ぶ顔を想像してなんだか嬉しい。
明日も良い一日でありますように。
沢山することがあった今日に感謝。
そして、御縁があって今日来ていただいたお2人にも感謝。また何か広がりそうな…ワクワク!